嶽神伝

嶽神 白銀渡り/湖底の黄金(長谷川卓 著)

蛇塚の多十の物語

 このお話は嶽神伝というタイトルがつきません。嶽神というタイトルに、サブタイトルで白銀渡り(上巻)湖底の黄金(下巻)というタイトルが入ります。

 主役は嶽神伝の孤猿で最後に登場した涌井谷衆の多十。鬼哭でも登場し、風花では龍吾とともに華麗な技を披露していました。当時は涌井谷衆として活躍していたのですが、本書では訳あって集落を追われ、一人渡りとして登場します。

 ちなみに涌井谷衆を名乗れない多十は、細身の竹を使った竹やりの技、通称「蛇走り」という得意な技を持つことから蛇塚の多十と名乗っています。

一人渡りの多十・・何故・・ 

 嶽神伝では涌井谷衆の中でもひと際その才に恵まれているように描かれた多十ですが、一人渡りになることは想像できませんでした。いったい何があったのか・・この物語ではその謎も解き明かされていきます。

 一人渡りは単に集落を追われるだけではなく、山の民の掟を破った重罪者として扱われ、山の者と口を訊くことは禁じられ、どこかに定住することも許されず、死ぬまで一人で山から山を渡り歩くというものです。その罰を受けた者は、印として顔の右耳から左耳にかけて横切る刀傷をつけられます。

 多十はこのとき31歳。一人渡りを5年も続けていました。

武田の滅亡と三男との出会い

 多十はある縁から、織田方に追われ天目山で最後を迎える武田勝頼より、三男若千代を託されてしまいます。本意ではないのですが、これが山の者の性なんでしょうね。助けて逃げることになりました。

 その後、武田家金山衆の赤脚組(通称ムカデ)の生き残りである少女、蓮も一行に加わることとなり、いつしか3人は里の思惑と武田の隠し金を巡る陰謀に巻き込まれ、強大な敵たちと戦うことになっていきます。

巣雲衆の弥蔵はもはや嶽神

 嶽神伝で無坂等とともに活躍、ひと際秀でた才能をもっていた弥蔵が巣雲衆の棟梁となって登場しています。その威光は巣雲衆のみならず、山の民なら知らないものはいないというほどで、窮した際には弥蔵の名を出せば命は取られない、とまで言われています。

 いや、もう嶽神ですよ、弥蔵は。多十が嶽神という説も多いのですが、嶽神の定義から言えば、無坂、弥蔵がピッタリなのではないでしょうか。

上下巻で完結する嶽神は単独で読んでも面白い

 出演者もいいですよ。定番の北条幻庵に風魔の忍び。真田幸村も登場。さらに真田の忍び「猿」。

 涌井谷衆に巣雲衆。伊賀から服部半蔵に伊賀四天王。伊賀忍群の朽木一族。

 とにかくバトルはたまらないスリリングな展開と創意工夫に溢れた戦術で手に汗にぎるシーンばかりです。多十は長鉈と山刀に蛇走りの技、蓮は穴掘りと火薬の扱いに長け、若千代改め勝三は「鳥寄せ」という特技を持っています。

 何しろ子供二人と多十の三人では、忍びの精鋭とのバトルで勝機があるはずもないのですが、そこはチームワークと信頼の絆で必死にあきらめず戦い抜きます。

 とにかく熱い、展開が早い、忍者バトルと隠された財宝探し、個人的に大好きな要素がたくさん詰まっているのですが、このシナリオはきっと嫌いな人はいないはず。単独で読んでも違和感なく完結しますので是非ご一読してみてください。

Rogueだけど冒険と自然と本が大好きなHunter&Writer