血路 ~嶽神伝~(長谷川卓 著)
嶽神伝の始まりの書
著者、長谷川卓さんの大人気時代アクションシリーズ、「嶽神伝」この始まりの書が「血路」です。
時代は1542年、場所は甲斐駒ヶ岳から黒戸山へ続く稜線の先、龍尾山、別名龍神岳の山頂にある龍神岳城。城主は芦田虎満。切り立つ断崖上に建つ龍神岳城は天然要塞として難攻不落を誇っていました。この城を落とそうとするのは武田晴信、後の信玄。時に22歳。父の信虎を駿河に追放して1年後のことです。
小国の甲斐をそのカリスマ性から守り育ててきた信虎を慕う芦田虎満、これを良しとしない武田晴信。晴信の父追放からあからさまに諏訪の豪族、諏訪頼重に接近し始めた芦田虎満を滅ぼすために龍神岳城を囲んだ晴信の軍勢、ここから物語が始まります。
落としの七ッ ~南稜七ッ家~
深山に住み、5年程その地で狩猟を続け、またどこかへ移住、その際に必ず山の稜線の南側に七ッの家を構えることから南稜七ッ家と呼ばれる集団がいます。彼らは熊を1対1で仕留める技量を持ち、道なき道の山塊を跳ぶように駆け抜け、たまに山城で籠城している兵士に兵糧を運ぶ仕事を請け負い、その技量の程からいつしか人質や捕らわれ人を敵陣から逃がす仕事も請け、それが必ず成功することから、「落としの七ッ」と呼ばれるようになりました。
徹底して臣従を嫌い、誰もが彼らを臣下に置きたいと願いますが、誰も飼うことはできません。その代わり、一度受けた仕事は決して裏切らず、いかなる困難もはねのけ、必ず役目を全うする、という集団です。
あくまで忍者ではなく、山で狩猟を行い生活する小集団。「山の者」と呼ばれ、里で暮らす人々からは蔑まされている下級の人達です。
芦田家嫡男の喜久丸と七ッ家の出会いから
晴信は龍神岳城を謀反の策略と力技で落とします。芦田一族は皆殺しの命を受け、尽く討ち取られました。この時に何とか逃れたのが虎満嫡男の喜久丸でした。その後、徹底した晴信の捜索と追手から、いよいよ逃れられなくなったとき、窮地を七ッ家の市蔵が救います。
市蔵が喜久丸を救ったのは、まだ喜久丸が14歳の子供であったこと。その子供が追手の放った矢を「見切り」で躱してみせたこと。その天賦の才に惹かれたからでした。
七ッ家は、新参を認めず、という掟を持っていました。赤子から鍛えなければ技を習得することができないからです。しかし、喜久丸は只物ではありませんでした。その才能は七ッ家の長も認めるほどでした。
こうして七ッ家、喜久丸(後に改名して二ッ)のストーリーが始まります。
武田家の忍びの精鋭「かまきり」との死闘
七ッ家は仕事として、晴信の妹、禰々たちから、晴信の居城である躑躅ヶ崎館から殺されるの待つだけの赤子、寅王を助け出し、駿府の信虎まで落としてほしいという依頼を受けました。武田家の館は忍びの集団、透波によって厳重に警護されていましたが、そこは七ッ家、何とか寅王を奪取します。
その後、駿河へ寅王を送る道すがら、武田家忍びの精鋭集団「かまきり」との死闘が始まります。
七ッ家の戦い方
忍びの戦い方は相手を殺すための武器や技を磨きぬいたものです。対して「山の者」七ッ家の武器や技は、山で生きるために道具や技量から派生したものでした。その死闘は手に汗を握る緊迫感とリアルに溢れています。
血路の終幕
喜久丸(二ッ)には願いがありました。龍神岳城の攻略、仇討ちです。喜久丸を認めた七ッ家はこれを手助けします。ここで最後の城攻略決戦に臨んで「血路」は終幕します。
以後、嶽神伝シリーズで、この二ッが再び登場、様々な活躍を見せてくれます。
遠野物語(柳田國男著)から
「国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」
遠野物語の序文です。とてもロマンを感じてしまいますね。