逆渡り ~嶽神列伝~(長谷川卓 著)
嶽神伝 月草 の物語
嶽神伝時系列としては第三幕となる嶽神列伝「逆渡り」。
嶽神伝前作「無坂」の作中で登場、無坂等とともに山の民の掟に従い旅をして戦った四三衆の月草が主人公の物語です。前作では最後まで無坂等と行動をともにしませんでしたが、その後の月草の行動を描いています。
月草、時に57歳。前作でも若干お年を召した方という微妙な扱いを受ける節がありましたが、さて何をしにどこに渡るのかが今作の主題となっています。
そもそも「渡り」・・とは
「渡り」とは何ぞや・・という疑問からですが、これは山の民(〇〇衆によって違いはある)の風習で、何年かその地で暮らすと、動物は少なくなるし、耕した土は枯れてくる、ということが起こるので、集落ごと次の土地に生活の拠点を移す、というのが「渡り」です。
生きるために生活拠点を移すのが「渡り」で「逆渡り」はその逆です。これも〇〇衆によって風習は違うのですが、月草のいる四三衆などは、齢60歳を迎えると、渡りをして次の生活に移る際に身体的に耐えきれないからと、その地にそのまま置いていくという風習がありました。
その地で残る分には家もあり、畑もあり、生活はそのまま続けられるのですが、ただ残された者はそこで死を迎えることになります。逆渡りはさらに過酷なことを指し、かつて暮らした自分の好きな土地を最後の場所にしたいと、一人でその地まで渡りをすることを言います。
逆渡りは過酷で危険な死に向かう旅路として、山の民の多くは行わない風習でした。
月草の旅路・渡りの目的
そもそも月草はまだ57歳。60歳まであと3年も残っています。集落とともにまだ渡りを続けられる年齢でしたが、彼は自ら逆渡りを選び、集落の皆と袂を分かちます。
月草は、4年前に亡くなった彼の妻、榧の生前の願いをかなえたいと、榧が自分の遺骨を埋めてほしいと言っていた山桜を目指して逆渡りに出るのでした。
山犬・里の者との出会いと縁
まだまだ元気に山を歩ける月草にとって、この逆渡りはそれほど困難になるとは思えませんでしたが、そこは一人、頼るものもいない、助けるものもいない旅路です。早速いくつもの困難が待ち構えていました。
とある武将を看取って願いを聞いたら山犬との因縁ができてしまい、大やけどの子供を看病して村の人間とのいさかいに巻き込まれ、姥捨てとなった年寄りの面倒をみて命を狙われ・・散々な目にあいながらも1年という時間をかけて榧との約束の地にたどり着きます。
多くの不条理と多くの我欲
この物語では、他の嶽神伝の作品のような戦いがあまり描かれていません。しかし、山の民の本質、風土風習、心根が実に細かく描かれています。人間の性、自分本位な身勝手さ、人は全ての人を助けられないという悲しい現実、淡々と切々と物語を通して染みてきます。
この作品は嶽神伝の本質を月草の逆渡りを通して見せてくれる秀作です。時系列では第3幕となりますが、始めに読んでも全然OKなお話ですので、ぜひ一読していただきたいですね。